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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)4719号 判決 1963年12月19日

判   決

福島市郷野目字東一番地

原告

日東紡績株式会社

右代表者代表取締役

島田英一

右訴訟代理人弁護士

伊賀満

東京都中央区八重洲六丁目一番地日東紡ビル五階

被告

上陽物産株式会社

右代表者代表取締役

中村金平

右訴訟代理人弁護士

村藤進

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、(当事者の申立)

被告は原告に対し別紙目録記載の建物部分を明渡し昭和三七年四月一日以降明渡済みに至るまで一箇月四九、一六九円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決に仮執行の宣言を求め、

被告訴訟代理人は、

主文と同旨の判決を求めた。

二、(請求の原因並に被告の答弁)

原告訴訟代理人は、請求の原因として、

(一)  原告は別紙物件目録に記載の日東紡ビルを所有しているものであるが、被告に対して、昭和二九年一一月三〇日、同目録記載の建物部分(以下「本件貸室」と略称する)を賃貸した。右賃貸借契約中には次のような条項が含まれている。

(1)  賃料は一ケ月金二四、七四八円とする。(一条)

(2)  賃貸借期間は昭和二九年一一月三〇日から同三四年一一月二九日に至る五ケ年間とする。但し賃貸借期間満了の六ケ月前までに、原告又は被告から文書による別段の意思表示がないときは、本契約期間は、更に一ケ年間延長継続するものとし、爾後期間満了となる毎に、同様条件のもとに本契約は更に継続するものとする(二条)

(3)  原告は本件貸室を事務所用として賃貸したので、被告は予め原告の文書による承諾のない限り、他の目的にこれを使用してはならない(七条)

また被告は賃借権を他人に譲渡し又は転貸しないこと(八条)

(4)  被告において一ケ月でも賃料の支払を遅滞し、又は正当理由がなく引続き二ケ月以上本件貸室を使用しないとき、及び本契約並に附随契約に違背したときは、原告は被告に対し何等の催告をなさず直ちに本契約を解除することが出来る(一九条)

(5)  本契約は解除又は解約に因る外、被告の解散、破産、死亡、禁治産、及び準禁治産の宣告等によつて当然消滅する(二〇条)

(6)  本契約終了の際、被告がその期日までに明渡を実行しないときは、被告は、延滞日数に応じて賃料の倍額に相当する損害金等を支払はねばならない。(二一条三項)

(二)  被告は諸商品の売買を目的とした資本金三〇〇万円の純然たる商事会社であつて、代表取締役中村金平の主宰するいわゆる個人会社であるが、営業不振のため、昭和三七年二月一五日不渡手形を出し、原告の所持する被告振出しの額面百万円の約束手形二通も亦、同二〇日不渡りとなつた。よつて原告が調査したところ、昭和三七年二月二〇日当時に於て、被告の債務総額金七、二七九万円、資産総額一、二四四万一千円、債務超過額金六、〇三五万一千円であつて、他に不動産等の資産は無く、完全は破産して、その頃より本件貸室である営業所を閉鎖し、営業を廃止した。

これを要するに原告と被告との間の本件貸室に関する賃貸借契約は、昭和三七年二月中旬被告の破産によつて、同月末日には、契約第二〇条の規定により当然失効したのである。本契約における自動的解除条件としての「破産」とは信頼関係失墜の甚だしい場合をいうのであるから、法定の破産に限らず手形の不渡その他による実質上の破産の場合を意味することもちろんである。

(三)  よつて原告は被告に対し昭和三七年二月中旬、被告会社が破産した結果賃貸借契約が失効したことを理由に本件貸室の明渡を申入れ、更に同年同月二六日、京橋通郵便局長第四一七号内容証明郵便により、右同様の申込をなし、同郵便物は翌二七日被告に到達した。従つて被告の本件貸室の明渡期日は遅くとも同年三月末日には到来しているのである。

(四)  然るに被告は依然本件貸室を占有しているのみならず意外にも突然、原告宛昭和三七年五月七日付供託通知書により、本件貸室の賃料同年四月分を供託した旨通告して来ると共に、同年五月以降の賃料をも引続き供託している。

依つて原告は、やむを得ずここに本件貸室の明渡と、前記明渡催告の後である昭和三七年四月一日以降明渡済に至るまで右賃貸借契約第二一条三項による損害金の支払をも訴求する次第である。

(五)  仮に、被告の破産によつて賃貸借契約が失効しているとする原告の前述の主張が認容せられない場合には、原告は第二次的請求として次のとおり申立てる。

原告は、昭和三七年三月上旬に、数回にわたり被告会社の取締役訴外宮原不二雄に対して、賃貸借契約の失効を理由に本件貸室の明渡を申入れたところ、宮原は当時病気入院中の被告会社代表取締役中村金平と協議の上、同月一〇日頃、原告の申込を承諾して本件貸室を明渡すべき旨の中村代表取締役の確答を原告に伝達した。従つて賃貸借契約は、右によつて合意解約されたものであるから、原告は茲に、右合意解約を理由として本件貸室の明渡等を訴求する。

(六)  仮に前項の第二次的請求が認容されない場合には、原告は第三次的請求として、次のとおり申立てる。

原告と被告との賃貸借契約は、原告と被告会社代表者中村金平との間の個人的信頼関係によつて成立したものである。然るに被告は破産して事実上営業を廃止している実情にありながら、殿谷武士が更に被告会社代表取締役となつて、被告会社の営業の本拠となつていた本件貸室を、第三者(株式会社第二商会)に転貸し、その営業所兼商品置場として使用せしめて、転貸料を取得している。右被告の行為は、賃貸借契約第七条(使用目的の無断変更禁止)および第八条(貸室の無断転貸禁止)の特約に違反するものであるから、原告は同契約第一九条に留保した解除権を行使して、被告に対し、京橋通郵便局昭和三八年一月二二日第五一九号書留内容証明郵便によつて、賃貸借契約解除の意思表示をした。右郵便物は翌二三日被告に到達したので、右契約は同日を以て失効している。

従つて原告は右理由によつて本件貸室の明渡と損害金の支払とを訴求するものである。

と述べた。

被告訴訟代理人は請求の原因に対する答弁として、

(一)  請求原因(一)に記載の各項はこれを認める。

(二)  請求原因(二)の記載事実中

被告が資本金三〇〇万円の株式会社であること。諸商品を取扱う商事会社であり、本件貸室を営業所としていること。

被告会社が昭和三六年上半期から融資の円滑を欠いたことはこれを認めるが、その他の事実は否認する。被告会社は人員を整理し着々事業の再建を計り、これに成功しつつあつて、今日まで一日と雖も営業を休止した事実はない。

賃貸借契約第二〇条の自動的解除要件である「破産」とは民法第六二一条の「破産ノ宣告」を意味するものであつて、原告の主張するように被告が単に一時の融資難から不渡手形を出したような場合を指すものではない。

従つて賃貸借契約が昭和三七年二月中旬被告の破産によつて失効したとの原告の主張はこれを争う。

(三)  請求原因(三)の記載事実中

原告がその主張の日附内容証明郵便を以て突然本件貸室の明渡を求めて来た事実はこれを認めるがその他の点を争う。

(四)  請求原因(四)の記載事実中

被告が既に本件貸室を占有している事実、及び昭和三七年四月分以降の賃料を引続き供託している事実はこれを認める。がその他の事実を否認する。

(五)  請求原因(五)の記載事実は否認する。殊に被告会社代表取締役中村金平が賃貸借契約の解約を承諾した事実は絶対にない。

(六)  請求原因(六)の記載事実中

原告主張の内容証明郵便が被告に到達した事実は認めるがその他を否認する。被告が原告と本件契約を成立せしめるに当つては、賃料を一ケ月金二四、七四八円と定めた上、敷金として金二六二、〇〇〇円を原告に預入れた外、貸金名義を以て原告にさらに金一〇三万円を預入る等相当の犠牲を払つているし被告は本件の契約成立後現在にいたるまで、賃料の納入その他賃貸借契約に定める条件を忠実に履行して、一回も契約に違反したことはない。使用目的の無断変更及び貸室の無断転貸の事実は全くない。被告が本件貸室の一部(貸室面積の二割、約二坪)にその取扱商品である訴外第二商会の商品を預つて保管料を受取つたことは事実であるが、これは転売のため仕入れた商品を他へ売却するまで一時保管を引受けたに過ぎないのであつて、かゝるやり方は、単に被告のみならず日東紡ビル内の他の借室人(時には原告自身も)も皆やつているのであつて、借室内又は廊下に商品を置いたからといつて使用目的変更とか転貸を以て目すべき筋合ではない。

と述べた。

三、(証拠関係)≪省略≫

理由

一、(イ) 本件貸室が原告の所有であつて、昭和二九年一一月三〇日被告に賃貸されたこと。(ロ) 被告が資本金三〇〇万円の株式会社であつて、諸商品の取引を目的とした商事会社であること。(ハ) 被告が昭和三七年二月頃融資難のため不渡手形を出したこと(その内容については争がある)(ニ) 原告が、被告の当時の資産状態を以て、原、被告間の賃貸借契約第二〇条に定める「破産」に該当するものと認め、同条の自動的解除条項により右契約が失効したものとして、被告に対し昭和三七年二月二六日京橋通郵便局長第四一七号内容証明郵便によつて本件貸室の明渡を申入れ、同郵便物が翌二七日被告に到着したこと。(ホ) 被告が昭和三七年四月分以降の本件貸室の賃料を供託していること、(ヘ) 原告が被告に対し、被告の本件貸室の「使用目的の無断変更」および「貸室の無断転貸」を理由として昭和三八年一月二二日本件貸室の明渡を請求する内容証明郵便を発送し、右郵便物が翌二三日に被告に到達したとの各事実については当事者間に争がない。

よつて以下本件争点につき順次判断する。

二、本件賃貸借契約第二〇条の自動的消滅の要件である「破産」の意義は、事実上の破産で足るか裁判上の破産の宣告を指すかについて判断する。

証人(省略)の証言によるも、本件賃貸借契約書(甲第二号証)中第二〇条にいわゆる「破産」の趣旨について、原告側で被告に対し事実上の破産を意味するとする解釈上の意見を述べたこともなく被告側でこの趣旨を了承したことのない事実も認められるので、よろしく当事者の合理的意思を探求して決定すべきことはいうまでもない。

法律上破産原因は継続的に支払いが一般的にできないとする客観的状態であり、しかく簡単に決し得るものでないのであるから、当事者が「破産」云々と約してみても、如何なる状態を以てここにいう「破産」とするのか甚だしくあいまいであり、当事者の一方において相手方が実質上破産したかどうかを決めることは極めて危険であり往々にしてその恣意に流れ安いことを保し難い。特に破産の始期を定めることは甚だ困難であることは、破産法が破産宣告のときを以て破産の効力発生期と定め、実質上破産となつた時まで破産の効力を遡及せしめないゆえんを以ても明かであろう。しかも本件特約は破産を以て賃貸借が当然解除の効力を発するとするのであるから、いつ破産になつたというこの時期を明白ならしめることを必要とする。この意味において裁判上の破産宣告を以てここにいわゆる「破産」と解するのが当事者の合理的意思に一致するものといえよう。しかも民法第六二一条にいわゆる破産宣告も賃借人の破産という偶然の事情により賃貸人に一方的無条件な解除権を認めることとなり立法論としても甚だ疑問の点あるを思えば事実上の破産により直ちに賃貸借契約の解除を来すという約款は借家法第六条にも違反するものとして到底その効力を肯認することはできない。したがつて事実上の破産を以て足ることを前提として本件賃貸借契約の当然失効と見る原告の主張は採用できない。

三、次に合意解約の点につき判断する。

証人(省略)の証言によれば、原告会社総務部長である南甚一郎は昭和三七年三月一〇日ごろ入院加療中の被告会社代表取締役中村金平を訪れ同人に対し本件貸室明渡の申入れを行つたところ、同人は善処すべき旨を答えた事実を認めることができるが、単に善処するという答えのみを以て訴外中村において本件室の明渡に応ずる真意ありたるものと認めるに由なく右明渡を承諾する旨の書面のないことはもちろん、全証拠によるも合意解約事実を確認するに足るものはない。

次に原告は被告に使用目的違反ありと主張する。賃貸借における使用目的違反を前提として契約の解除権を是認するには、その使用目的の変更により目的物件に相当の損害を与える危険性のあること、とか或はその変更が相当継続する象徴のあることを必要とする。例えば通常居住の用に供せられていた家屋に物品製造のための機械類を据付けるものの如し。しかるに本件においてはかような点を認めるに足る証拠はなく、しかも、被告代表者本人尋問の結果によれば被告は本件貸室の一部に訴外株式会社第二商会の商品を一時保管しているに過ぎない事実を認むべく特に之れがため荷物保管用の施設をこの室に構築したとかその他従来の使用目的に反する継続的象徴もこれを認められないから、これを前提とする解除は理由がない。

また、無断転貸の点について審理するに、凡そ転貸借関係の発生には、転借人において当該目的物につき独立の占有の存することを要することはいうまでもない。したがつて本件目的の室において被告のいわゆる第二会社と目せられるような会社の所有商品が置かれているからといつて直ちにこの室に対する同訴外会社の独立占有を肯定することは困難であり、証人(省略)も当法廷において、現在本件室を使用しているのは被告であり第三者が使用しているかどうか不明である旨証言しているし、被告代表者本人尋問の結果によれば、前記第二会社の事務所は本件部屋の隣室に置いてあり、被告会社は本件室において第二会社から賃料を得て右第二会社の商品を一時保管しているに過ぎぬこと、また本件貸室を点検しにきた執行吏も、ここに右訴外会社の占有のないことを確認していた事実を認めることができる。全証拠によるも右訴外会社が本件室に対し独立の占有ありとする事実を認めることができない。したがつて被告と訴外会社との間に転貸借関係を肯定するに由なく、結局無断転貸を理由とする原告の本件賃貸借契約の解除もまた採用できない。よつて原告の本訴請求はその余の争点につき判断をするまでもなく失当なのでこれを棄却するものとし訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一六部

裁判官 柳 川 真佐夫

物件目録 <省略>

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